わさびを最初に使った寿司屋の系列松乃寿司

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松乃寿司の親父
初代小林正夫は妻やすこと神田で松乃寿司を開店させました。
戦争ではマレーシアに出兵、戦時中はやすこ一人で店を守っていたそうです。マレーシアでは料理番していたそうですが、「部隊長から寿司屋ならば寿司を作ってくれ」、と言われ海苔が無いのでキャベツを焼いて寿司を作ったそうです。
今でも松乃寿司のメニューには
[かんらん巻(キャベツ巻] があります。

3/10の空襲で焼け出され、朝、忍の池で子供、博と再会できたそうです。行く所も無いので正夫の実家のある新潟県十日町市に来ることとなりました。この時は最大積雪425cmの大雪で5月まで雪があったそうです。

小林正夫・やすこ
2代目小林 博は神楽坂で修行後、松乃寿司を継ぎました。
十日町市に来た時は言葉の違いからいじめられたそうです。十日町の言葉が分か
らなかったのがキッカケで方言に興味を持って十日町方言研究会のメンバーです。
方言を使った店の広告を続けて35年位になります。
当店の広告をまとめた 
「おらどこのコマーシャル」 は3冊、本になりました。
[松乃の包装紙] は方言(赤と青)・屋号・十日町の積雪と4種類あります。

鉄道・読書が好きな寿司屋の親父です。
小林 博

なぜ寿司屋でイタリア料理???
十日町市はイタリアのコモ市と姉妹都市です。当店の朋彦はイタリア料理を覚えたいと5年コモ・ローマ・リミニ・ローディー・ヴェンティミリア・クールマイヨール等で言葉と料理を学んできました。独立はもう少し先に考えて調理場はありますし、寿司屋の美味しい魚もありますので同一店内でイタリア部門として営業しています。手作りパン、手打ちパスタも好評ですし、十日町市に居ながらにして本場の味を楽しんでもらいたいと思います。
お互いの市役所どうしの連絡や交流事業にはイタリア語の通訳のお手伝いをしております。
朋彦

松乃寿司のルーツ
江戸、文化文政の頃、本所六軒堀に幕府の御用船、安宅丸の船蔵のありました。(岡場所) そこに江戸を二分する人気のすし屋がありました。
堺屋松五郎の砂子(いさご)ずしですが、いつしか 安宅松本店、 または、松がずしと言われていました。 字の読めない人も多い時代、松の形(三蓋松)に我(が)をぐずしたのがのれんのマークでした。現在は松乃寿司と書いています。
最初にわさびを使って有名になったと聞いています。

本店は谷川さん、藤田さんが継いで八丁堀店、駿河台店とありましたが、当店初代小林正夫がのれんを分けてもらって神田五軒町に昭和9年に開業しました。
昭和20年の空襲で焼失、24年に十日町市で再開、28年より現在の場所で営業しております。
松我マーク








 
 
なぜ寿司屋でブーメラン???
3代目の文彦はスポーツブーメランを始めて13年になります。

子供の時、駄菓子屋で買ったブーメランが戻らず、父に魚の木箱で作ってもらいましたがこれも戻りませんでした。大人になり、総務省の派遣の青年の船でオセアニアを回った際、お土産でオーストラリアのブーメランを買って飾っていました。
たまたまテレビでブーメランのもっどってくる
「トギー」 の番組を見て、ブーメランはあるし投げて見ようかと思い、壊すのは嫌だったので 『ブーメランはなぜ戻ってくるのか』 と言う本を探し、投げてみたら見事に帰ってきました。それ以来、ブーメランの魅力にはまり、競技、製作、指導に励んでいます。小中学校、夏休みのキャンプ等で講習会をしています。

日本ブーメラン協会新潟地区代表です。     日本ブーメラン協会の詳細

イルカ好きなのでアイサーチジャパン(イルカ・クジラ教育リサーチセンター)のメンバーです。
文彦
948-0086 新潟県十日町市加賀糸屋町(寅甲103-1)
TEL 025-757-2234 / FAX025-752-6121